103号室  篠村貴史 「ただいま・・・」 誰も居ない暗い部屋に僕の声はむなしく吸い込まれていく ぽとりぽとりと蛇口から落ちる水の音がやけに大きく聞こえた 電気をつけてようやく一息 コタツの上のコップには乾いてこべりついた牛乳の跡 コンビニ弁当を広げるがさがさの音 否応無しに一人なんだと突きつけられる でも、今の僕の最後の砦 いくら寂しかろうが虚しかろうが ココしか帰るところはないんだ ふと、電話のランプが点滅しているのが目に入る 「一件、ノ、メッセージガアリマス、午後3時54分、デス」 無機質な声ともいえない音の後 「もしもし、タカちゃん?お母さんだけど・・・ちゃんとご飯食べてる?」 懐かしい母の声だった 姉さんがケーキを作って焦がしたとか、新しく犬を飼うことにしたとか、父さんが酔っ払って鴨居に頭をぶつけただとか 僕の置いてきた日常をうれしそうに話している 「でね、タカちゃん・・・帰ってきてとは言わないけど・・・たまには電話頂戴ね。皆心配してるんだから」 「ピー・・・コノメッセージヲ消去シマスカ?」 僕には夢があった 父にはずいぶんと反対された、多分今も納得してはいないだろう 夢をかなえるまでは帰らない、と言い切って出てきてしまった その夢をかなえるためにこんなところで一人暮らしている いや、かなえるために暮らしていた もうずいぶんと前に挫折している いまさらどうやっても帰れない 後は日々を生きるためだけにバイトして暮らしてきた 目的も無く、目標も無く、喜びも無く ただ、同じ日常の繰り返しだけ 明日も明後日も繰り返して過ごしていくんだろう 出しっぱなしの少し湿った布団にもぐり電気を消す 明日も朝からバイトだ くだらない 「―明日、電話しようかな・・・」 不意にもれた言葉に、なんだか涙が零れた