105号室  金子歌音子 『「遺書」 お父さん、お母さん、お兄ちゃん。 先立つ不幸をお許しください。 私にはもう、この世界を生きる力がありません。 傷つき、傷つけ、罵り、罵られ、誰かが先に行こうとすれば、必ず足を引っ張る。 そんな行為はもう、見たくありません。 弱いものと見れば自分たちの力を誇るように容赦せず、強いものと居るのが自分たちの力だと思っている。 そんな姿はもう、見たくありません。 私が苦しむ様を見て喜ぶ、私が苦しむ様を見て蔑む、私の周りには悲しい人ばかりでした。 そんな人たちとこれ以上同じ時間を過ごすことに耐えられないのです。 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。 私の助けを呼ぶ声はついに誰にも届きませんでした。 彼女たちは私が居なくなっても変わらない日常を過ごすのでしょうか。 それとも、私のお葬式に来て泣くのでしょうか。 私の席には菊の花を供えるのでしょうか。 私は石になりたかったのです。 道端に転がっている、ただの礫石になりたかったのです。 痛みも、苦しみも、何も感じない小石になりたかったのです。 誰も気にかけない、目にも留まらない、そんな風に生きたかったのです。 そんなに大層な願いだったでしょうか。 ちっぽけな私のほんのちっぽけな願いが。 私は何を頼りに生きてゆけばよかったのでしょうか。 お母さん、あなたの無遠慮さが嫌いでした。 お父さん、あなたの無関心さが嫌いでした。 お兄ちゃん、あなたの無神経さが嫌いでした。 でも、大好きでした。 お母さん、産んでくれてありがとう。 お父さん、育ててくれてありがとう。 お兄ちゃん、やさしくしてくれてありがとう。 たった一つの私の居場所のあなたたち。 いまでも、大好きです。 残されたあなたたちのことを考えるととても心が痛みます。 でも、もう私は耐えられないのです。 許してください。 歌音子は先に逝きます。 自分勝手で、わがままで、弱い弱い私を許してください。 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。』 書き上げた遺書を封筒に入れて糊付けしました これで思い残すことはもう何もありません 部屋を出て屋上を目指しました カツカツと、やけに靴音が響いてゆきます とてもとても静かでいい夜です 私を、いいえ、世界を終わらせるのにぴったりの夜です 気がついたら、制服を着ていました これっぽっちもいい思い出なんか無い服なのに フェンスを乗り越え、後一歩で私の世界は終わります ばたばたと髪を撫でてゆく風がここちいい 空には大きなお月様がぽっかりと浮かんでいました 小さな小さな私のことなんか気づきもしないで浮かんでいました 見たことのないような綺麗なお月様でした