106号室 里壬和史 気がつくと俺は、薄暗い部屋の中の椅子に座っていた。 すぐ傍には窓があり、その窓の向こう側には景色が物凄い勢いで流れていた。 反対側の座席には、乗客が一人乗っているようだ、暗くて顔は見えない。 「あのすみません、ここはどこでしょうか?」 俺は顔の見えない相手に質問をした。 すると、暗がりで相手は顔を起こした。 薄っすらとだが、表情も見えた、若い女性だ。 だが、はっきりと顔が見えた時、俺は短い悲鳴をあげた。 女性の顔は左半分が潰れており、脳が露出していた。 そこからだらだらと血が流れており、唇は紫色になっている。 「……貴方、これがなんの列車か知らないの?」 女性は、紫色の唇を微かに動かし、淡々と話し始めた。 「これ、あの世に逝きの列車よ?貴方も何かして死んだんじゃない?」 「え?」 「まだ思い出せないのかもね、私は自宅の近くにある、ビルの屋上から飛び降りたの」 女性は、唇を歪めてクスリと笑った。 「……なんで、自殺なんかしたの?」 俺はふいにそう聞いていた。 女性は、俺の顔を暫く見つめた。 「……わからない」 それだけを口にして沈黙した。 もうこれ以上話しかけるのもあれなので、俺は黙る事にした。 でも、俺は一体どうやって死んだっていうのだろう…… その時だった、ふいに列車が減速を始めたのだ。 そして、電車は停止して、アナウンスが流れてきた。 「え〜、お客様に申し上げます、現在あの世はまだ転生をしていない魂の方で溢れかえっている為、 皆様をあの世にお連れする事ができません」 は?一体どういう事なんだ?? 隣の女性を見ると、やはり女性も訳がわからないという感じでポカンとしている。 「ですので、お客様には申し訳ありませんが、お客様の魂にはここで死んで頂きます」 一体どういう事なんだ、この訳のわからないアナウンスは…… その時、列車の前の方から、次々と悲鳴が聞こえてきた。 いや、断末魔と言ったほうが正しいかもしれない。 と、今度は後ろからも恐ろしいほどの断末魔が聞こえてきた。 そして、前を振り向き、俺は絶句した。 黒いボロを纏い、手に巨大な鎌を持った、観たままの骸骨の死神がそこにいた。 死神は鎌を振り上げると、その列の座席に座っていた人間目がけて、横薙ぎに鎌を降った。 途端にあがる、絶叫と血飛沫。 冗談じゃない、こんなゲームや漫画の世界みたいなところなんてまっぴらゴメンだ。 俺は立ち上がって、まだ死神の姿が見えない列車の後ろに向かった。 無我夢中だった。 どこかに出口が無いかと探しつつ、車内を走った。 が、そこに唐突にあのアナウンスが流れてきた。 「お客さ〜ん、困るんですよ、生きてる人にこの列車に乗ってもらっちゃ〜」 生きてる?誰か生きてる人間が乗っているのだろうか? 「お客さんの事ですよ……え〜と、サトミカズシさん、貴方ですよ、貴方」 「お、俺??」 「今回は特別ですけど、二度と間違ってもこんなとこに乗らないで下さいねー」 そこで俺の意識は途絶えた。 目をあけると、蛍光灯が目についた。 それからゆっくりとあたりを見回すと、そこが自分が住んでいるアパートの部屋だとわかった。 途端に激しい吐き気を催し、胃の中から生暖かいものがこみ上げてきて、俺は布団の上で吐瀉物をぶちまけた。 ぜぇぜぇ、と息をする。 吐社物は、胃液の中に白い粒のカタマリが大量に混ざっていた。 そこで俺は思い出した。 睡眠薬を大量に飲んで自殺を図った事を…… そして、さっきまでいたあの列車の事を。 あのコは一体どうなったんだろう…… ドタバタ! ふいに上の部屋が騒がしい事に気がつく。 確か上の階は、日下緑青とか言う人の部屋だ。 怒鳴り声までもが聞こえてきた。 「死ねええええ」 「帰る!寝させろ!!」 「こんのハゲぇ!」 「誰がハゲかァアア!!」 ふいに、生活感が溢れた声がした為か、俺はなんだか嬉しくなって、泣き笑った。 生きてる事が、今までにないくらい、嬉しく思える。 その時、ふいにあのアナウンサーの声を思い出した。 『今回は特別ですけど、二度と間違ってもこんなとこに乗らないで下さいねー』 冗談じゃない、笑えないにも程がある。 二度とあんなところに行ってたまるか!