207号室 渡部芳雄 都市伝説の一つに「ベッドの下の男」もしくは、「なめる手」というものがる。 どちらも内容は似たものだが、実際にはそんな事件が起きたという記録もない。 都市伝説というのは、風説、つまりデマが大半である。 だけど、俺は実際にそれを体験してしまった。 こんな事を話してもきっと誰にも信じて貰えない。 だが、とにかく誰かに喋って、胸のうちを少しでも軽くしたい。 なので、ノートにその出来事を書いてみようと思う。 事の起こりは、今月の頭だった。 長年使っていた、ベッドの脚が壊れてしまい、新しくベッドを買い換えた。 新しいベッドは寝心地がよく、良い買い物をして俺は上機嫌だった。 それから暫くした日の事だった。 朝起きるとおかしな事が起こっていた。 昨日の夜、テーブルの上に置いておいた、コップと携帯電話が消えていたのだ。 寝る前には確かにここに置いておいたのだ。 流しを見てもコップは置いてはないし、携帯電話は部屋中を探しても見当たらない。 大学の講義の時間も迫っていたので、仕方なく部屋を後にした。 そして帰ってくると、またもや奇妙な事が起こっていた。 何故か、消えたはずの携帯電話とコップがテーブルの上に乗っているのだ。 どちらも間違いなく俺のものであった。 俺はあまりの出来事に背筋が寒くなるのを覚えた。 それからまた数日後。 また朝起きると、また携帯電話が消えていた。 更に、よく調べてみるとお気に入りの服が数着無く、いつも使っている香水も消えていた。 どう見ても夜、俺が寝ている最中に盗みに入られたとしか思えない。 俺は部屋を出て、近くの公衆電話から警察に通報した。 駆けつけた警官二人に事情を説明してから、いくつか職務質問も受けた。 「そうですか……いや、しかし無事で何よりですよ、最近は凶悪な事件が頻発してますから」 「ええ、ボクもそう思うとゾッとしますよ……」 片方の若い警官と一緒に苦笑いをした。 と、その時もう一人の中年の警官が玄関に向かいながらこちらを振り返った。 「それでは、管理人の方にも話をお伺いしてみますので、ご同行願えますか?」 「あ、そうですね、一応理由も話しておかないといけないですしね」 そして三人で部屋を出ると部屋にしっかりと施錠をしてからエレベーターに乗り込んだ。 その途端、先に部屋を出ようとした中年の警官が溜息をふぅーと吐いた。 「どうかしたんですか、先輩?」 「……ベッドの下だ」 「え?」 俺は警官が何を言っているのかわからず、目をしぱしぱさせた。 「ベッドの下に何かが居た」 「!?」 その言葉を聞いて、俺ともう一人の警官は唖然とした。 それから暫くしてから、応援の警官を呼んでから再び俺の部屋に踏み込むと、あの警官が言ったように ベッドの下に、若い女性が潜んでいた。 そして、その手には大型のサバイバルナイフも握られていた。 警察からの説明によると、女性は俺のストーカーだったらしい。 そして、あの日俺が、公衆電話に電話をかけに行った隙に再び、俺の部屋に侵入して、俺を殺そうとベッドの下に潜んでいたとの事だ。 俺は、自分の身だけにはそんな事が起こるまいと思っていた事が、現実のものとなってしまい、その事に恐怖した。 いや、誰だって殺されていたかもしれないと思えば、当然だ。 女性は当然、逮捕されて刑務所行きとなり、俺も平穏を取り戻せた。 都市伝説ではここでこの話は終りだが、この話はまだ先がある。 事件から数日後、俺はふと、夜に目を覚ました。 少し喉の渇きを覚えたので、水を飲もうと起き上がろうとしたのだが体がまったく動かない。 そして、声を出そうとしても声もでなかった。 心なしか、部屋が寒くなった気がする。 そこで、首だけが動くようになり、俺は部屋を見回しそうとした。 そして、ソイツはそこに居た。 ベッドの足元の方に顔だけを突き出し、俺の方をじっと見つめる人。 俺は恐怖で声にならない悲鳴を上げた。 髪はボサボサで、目は異様にギラギラとしていた。 そして、なにが可笑しいのか、口元を少し曲げて薄笑いをしていた。 (な、なんなんだよ!!?) 俺はパニックに陥り、まともな思考回路なんか働きもしなかった。 やがて、ソイツは立ち上がると、月明かりで全身が照らされてゆく。 俺はソレを見て、再び声にならない悲鳴をあげた。 ソレは、首に細い金属の棒が突き刺さり、そこから大量の血が流れていて、着ている服が紅く染まっていた。 こんななりをして、生きている人間なんて絶対にいる筈がない。 俺はあまりの恐怖に全身冷や汗でびしょ濡れになっていた。 そして、ソイツは俺を見下ろしながら、口を開いて何か言っている。 しかし、何を言っているのかまったく聞こえない。 やがて、何かを言い終えたソイツはゆっくりと消えていった。 俺は緊張の糸が切れたのか、意識はそこで途切れていた。 翌朝、目を覚ますと俺は昨日の出来事を思い返した。 (……夢?いや、でも意識ははっきりしてたような……) もし夢だとしても何故あんなリアルな夢を見なければならなかったのか。 カラカラの喉を潤す為に、俺はお茶を飲もうとベッドから起き上がった。 途端、足にじゅくり、と何か床が濡れている感触を捉えた。 (なんだ……?) 俺は視線を足元に移すと、悲鳴をあげた。 今度は声も出た。 そこには、大量の血が滴っていた。 そして、そこは昨日アイツが立っていた場所でもあった。 俺は再び警察に通報をした。 それから、先日と同じ警官が部屋に駆けつけてくれ、俺の部屋が現場保存される中、中年の警官から話された事はこうだ。 先日逮捕された、ストーカー女は、昨日俺がアイツの姿を目撃した際に、隠しもっていたスプーンで自分の首を刺して、自殺したそうだ。 そして、俺の部屋の床にあったあの血溜まりの血はまだ誰のものかわかってはいないそうだ。 しかし、恐らくは血液型からして、あのストーカー女のものと見て間違いないと言われた。 俺はあのベッドを処分すると共に、この部屋から引っ越す事を決めた。