302号室  三輪惣一 大学を卒業した後、就職をして、結婚もした。 子供も生まれたし、マイホームも購入した。 しかし、離婚もして養育費なども払ったりした。 私は人間がしでかす様々な愚行の数々を重ね、今に至る。 今は、マンションで一人で暮らしており、仕事はフリーのライターをやっている。 しかしここ最近は不景気で、日々切羽詰った生活を送っている。 が、別に生活は苦しいが自分が不幸だとは感じてはいなかった。 離婚の原因も、当時は家庭を顧みず、仕事ばかりしていた報いだ。 非は私にあったのだから弁解の余地などなかった。 私はタイピングしていた手を止めると、深い溜息をついた。 今でもあの時の光景ははっきりと目に焼きついている。 あの日、私が家を出ていく日、一人娘の愛美(まなみ)が、私をじっと見つめていたあの瞳。 あれからもう十年以上は経過している、その間娘と連絡はとっていない。 娘とのコミュニケーションの取り方がわからなかったのだ。 そして、怖かった。 ……頭がくらくらする、よく考えると今日はほとんど寝ていない。 私は少し仮眠を取る為に、机の傍のベッドへと潜りこんだ。 そして私はCDを再生する。 再生するのは、とある映画のサントラだ。 私は寝る前はいつもこのCDを聴いている。 映画に出てくる六人の女の子をいつも自分の娘に被らせていた。 私の娘は、この広い空の下でどのように暮らしているのだろうかと。 楽しい毎日を送っているだろうか? 辛い毎日を送っているだろうか? そんな事が頭を過ぎる中、私の意識は闇に溶け込んでいった。 気がつくと私はソファーに座っていた。 あたりを見回すと、そこは私が出て行った家だった。 台所からは何やら上機嫌に妻、別れた妻がハミングをしている。 そしてすぐ傍には、まだ幼い愛美が積み木で遊んでいる。 だが、積み上げていた積み木が崩れて私のほうまで転がってきた。 私は転がってきた積み木をおもむろに掴むと、愛美に渡してやった。 驚くほど小さい手、そしてちょっと力を入れてしまえば壊れそうな繊細な手。 私は愛美の顔見た。 ───────笑っていた。 どこか遠くから電話が鳴る音が聞こえる。 愛美がゆっくりと口を開いて、何かを私に向けて喋った。 だが、その声は聞こえない。 プルルルル!……プルルルル!…… 目が覚めると電話が鳴っていた。 備え付けの時計で時刻を確認すると、既に夜中の二時を廻っていた。 一体こんな夜中に誰だろうか…… 私は受話器を持ち上げ、電話に出る。 「もしもし、三輪ですが」 「……」 「?」 電話の相手は何も言ってこない、イタズラ電話だろうか? 「もしもし?どなたですか?」 「……」 しかし相手は何も言ってこない。 私は受話器を置こうとした。 「……さん」 「え?」 聞き間違いではない。 今、確かにお父さん、と…… 「まな、み。 なのか?」 「う、ん……」 それは十何年ぶりかに聞く娘の声であった。